「困ったときはお互い様。自分にできること。」~第三章~
2月1日の能登半島で感じた支援の意味


2024年1月1日に発生した能登半島地震から、1年以上が経ちました。現在、復興の2年目を迎えています。しかし、現地に行ってみると、まだまだ復興の道のりは長く、支援が必要な状況が続いていることを実感しました。
更地になった商店街、そして諦めない人たち

イベント終了後14時過ぎからは門前町という地域を訪れました。
そこで目にしたのは、仮設の商店街でした。
もともと商店街があった場所はほとんど更地に。
仮設住宅での営業を再開した食事処 縁の店主さんは、
「やるしかない」とお話しされていましたが、胸が痛くなった。
(食事処 縁: https://maps.app.goo.gl/ikDC9VNUtDdiwtLX8)
仮設店舗で再出発した「総持寺通り商店街」の記事
https://www.corezo.co.jp/event/0000005431/
能登に。輪島に。行くだけでも十分な支援だ。だから僕は続ける。

10年かかると言われている復興
この状況でも「この商店街をもう一度復興させたい」と動いている人たちがたくさんいます。 その中の一人、総持寺通り商店街の組合の宮下さんからたくさん話を伺う機会がありました。 明るく前向きに力強くお話しされていました。どこからそんなパワーが湧いてくるのか。
「いつかまた、ここに人が集まる日を作りたい。」
その言葉を聞いたとき、ほんまにすごいな。と思いました。
ただそんな宮下さんからも
「10年と考えるとしんどい。モチベーションはが難しいし、本当は苦しい。」
そう言葉に詰まりながらお話しされていました。
今はまだ厳しい状況でも、誰かが前を向いて進んでいる限り、希望は消えない。
この場所には、まだ未来がある。そう信じて、諦めずに動いている人がいる。
そうだったとしても、頑張り続けるということはなかなか難しいことです。
だからこそひとりひとりが、できる支援に取り組みませんか。
「困ったときはお互い様。」
「迷っているなら、行きましょう。」

僕自身、最初は「支援と言っても、自分に何ができるんだろう」と迷っていました。
行くことも躊躇しいてました。
でも、仲間が先に行って支援活動をしているのを見て、
「別に偽善と言われようがなんでもいいや。とにかく行ってみよう。」と思えました。
一度行ってさえしまえば、必ずできることがある。
もし、「自分にできることなんてあるのかな?」と迷っている人がいたら、僕はこう伝えたい。
「迷っているなら、行きましょう。絶対に力になれることがあります。」
能登の復興は、まだまだこれから。
僕もできることを続けていきます。そして、これからも現地の状況を伝えていきたいと思います。
さいごに
今回の支援活動を通じて、僕は「支援とは何か?」を改めて考えました。
支援は、大きなことをする必要はない。
「笑顔になる時間をつくること」
「そこにいる人たちの話を聞くこと」
「現状を知り、伝えること」
それも、立派な支援なんだと気づきました。
「何ができるかな?」と迷っているなら、一歩踏み出してみる。
その小さな一歩が、きっと誰かの力になる。
僕自身、この経験を通じてそう感じました。
「困ったときはお互い様。」これからも、できることを続けていきます。

久保大樹